2012年2月 寺山心一翁 月の言葉 | 寺山心一翁のガン治しの方法は、ガンに愛を送ること、意識を高めること。

寺山心一翁 月の言葉

寺山心一翁 月の言葉

2012年2月の言葉

2012年2月の言葉

まだ雪深い秋田から、桜の花が届きました。


2012年2月の言葉

21日のことでした。寒い日が続くなか、オフィスに、北国から見事な花が届けられました。 秋田に住む脈診の大家、私が長年尊敬しています鍼灸師の船木寛伴先生が、山形大学農学部の農園で栽培されているという桜を送ってくださったのです。


2012年2月の言葉

思いがけない季節のたよりに、ワクワクして包みを開けてみると、中には、まだ固い蕾を持った状態の桜の枝が詰まっていました。桜には、『啓翁桜』という銘が付いていました。
この贈り物を見た途端、心の底から、何か嬉しさと懐かしさで、涙がこみ上げてきました。
私は船木先生のお気持ちを深く感じ、毎日のようにお水を取替えて、日々を過ごしましたら、一週間ぐらいで開花し始めました。

船木寛伴先生とのご縁について、書くことにします。
このご縁は、私が体調保持のため、しばしば通院している、高円寺の新井はり灸院から始りました。新井はり灸院でおこなわれている脈診に私は大変興味を持ち、脈診をもっと知りたいと思ったところ、院長の新井敏弘先生が、船木寛伴先生の著書『脈診・その手法と古典的背景』を紹介してくれました。早速、お借りして読んでみまると、とても難解ではありましたが、非常に、心を打つ内容でした。すぐさま購入しようと、出版社に問い合わせましたが、絶版とのこと。
そこで私は、船木先生に手紙を書きました。すると、何と、お手持ちのご著書に丁寧なサインをして、お送りくださったのです。1998年のことでした。
これを機に、次々に縁が繋がっていきました。
その年の秋、私は山形で講演する機会がありました。船木先生へのお礼の手紙に、そのことを書き添えましたところ、お忙しい中、秋田から山形まで、私の講演を聴きに来てくださったのです。こうして、山形で初めての出会いが実現しました。

さて、その年の10月、私の『フィンドホーンへのいざない』が出版されました。船木先生はその本を読んで大変感動したとの手紙をくださいました。
やがて1年がたった1999年の夏、船木先生からお手紙をいただきました。
先生は、新しく一般の人にも分かるような脈診の本を書き上げ、その題名に、『フィンドショーンへのいざない』の『いざない』を使わせてほしい旨、書かれておりました。さらに、私にそのご本の序文を書いて欲しいとも記されておりました。
当時私は、サトルエネルギー学会の理事・運営委員長として、学会の建て直しをしていたときでしたので、多忙を理由に、序文を書くことについてお断りさせていただきました。しかし、船木先生は是非にと言ってくださり、原稿を拝読させていただくことをお願いして、お引き受けすることにしました。

しばらくして、原稿を読ませていただくときがやってきました。
大きな風呂敷に包んだ原稿を携えた船木先生が東京駅に現れ、大切な手書きの原稿を受け取りました。
私はそのあと2ヶ月の間、一切ほかの本を読むことを止めて、船木先生の原稿を読むことに集中しました。このことが、私をさらに脈診の勉強へと引きずり込むようになったのです。
1999年11月14日、盛岡で、宮澤賢治学会・地方学会in 盛岡が開催されました。船木先生は秋田から、この学会を聴きに駆けつけてくれました。
私はこの時に『雨ニモマケズの発する浄化のエネルギー』と題して、基調講演をすることになっていました。私はこの詩がガンを癒してくれたことを伝えようと思ったのです。
その講演の前日13日に、花巻で途中下車して、宮澤賢治記念館を訪れました。当時は「意識の超越理論」を色々なことに応用しようとしていました。
この記念館で半日を過ごしているとき、雨ニモマケズの詩を、意識の超越理論に当てはめてみたのです。驚いたことに、この詩は、意識の超越理論に、あまりにぴったり収まりました。
さて、盛岡のホテルに着きましたが、興奮でいっぱいでした。お昼に気づいた、意識の超越理論と、賢治の詩との関連を、講演で皆さんに目で見えるように紹介しようと思い、意識の段階の図を作成しました。
14日の講演は、小学生のとき宮澤賢治の会で愛唱したメロディーを思い出しながら、チェロの演奏で始めました。
講演の中で、宮澤賢治と石川啄木との比較を、意識の超越理論を用いて行いました。その中で、意識の超越理論が分かると、シュタイナーの詩も、容易に理解できるということを語りました。
講演のあと、すぐ船木先生が駆け寄ってきてくれて、この内容をとても高く評価しますといってくれました。また、シュタイナーの研究もしている某大学の教授が、この理論は面白ですね、と声をかけてくれました。

さて、船木先生の本が『脈診へのいざない』というタイトルで、2000年7月に出版されました。この本は、専門的なことが書かれている本にしては、極めて安価にしており、今でもたくさんの人たちに読まれ、脈診のことを知ろうとする人々の役に立っています。
私はいつも皆さんに、この智慧に満ちたこの脈診の入門の本をぜひ読むようお勧めしています。ですが、本の内容は入門より、高度です。
その後、秋田で東北鍼灸学会の年次学会が開催されたとき、船木先生は実行委員長として皆さんを取りまとめられ、私を基調講演に招いてくださいました。

1月の言葉の中で書きましたが、小林桂子さんが主演の映画『純愛』が、東京のあと秋田で上映される情報を聞いたとき、私は早速船木先生に連絡をしました。このたびの船木先生からの桜のプレゼントをいただきましたことで、今までのつながりが次から次へとたくさん私の胸の中に思い出され、思いつくままに書いてしまいました。

2012年2月の言葉

2月17日の夜7時から、体外離脱をテーマにしたウイリアム・ブールマンさんの講演会に参加しました。それより先に、ブールマンさんの著書『肉体を超えた冒険―どのようにして体外離脱を経験するか』を読みました。そして、この道で40年にわたる体験を持っていること、アメリカ、ヴァージニア州のモンロー研究所でワークショップを開催していることも知りました。


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このブールマンさんの講演会は、息の合った通訳をされた、りえ・カレルさんとの素晴らしいコンビで、私はブールマンさんの言葉と内容の深さに引き込まれました。


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2日間のワークショップにも参加してみて、実際に、体外離脱のテクニックを教わりました。体外離脱の誘導をされると、大きないびきを書いて寝てしてしまう人が続出するという、テクニックの面白さ、素晴らしさを体験しました。もちろん、体外離脱を上手に取り入れることができると、生きる喜びが増す智慧にも繋がることに気づきました。


今回のワークショップに参加して、私はガン治療で入院中、死が近いような状態のときに見た夢が、この体外離脱だったことを、確信しました。そして、あの時から、私の意識が大きく変わったことを思い出していました。別の表現をすると、あのとき、意識が高い次元に上がる体験をしたのだということが分かったのです。

私は、体外離脱は、『チベットの死者の書』に書かれている内容とも、共通する事項がたくさんあることに気が付いていましたが、ブールマンさんも同じように、その本の中に書かれていることについて、気が付いていることを、講演の中で話していたことが、印象に深く残りました。

私は今、講演やワークショップを通して意識の超越理論を教えていますが、体外離脱の経験は、意識を高く持つこととも深い関係があります。もし今後ブールマンさんが来日されたら、彼のワークショップを受講することをお勧めします。
ただし、自分の意識を高める準備ができていない場合の受講は、あまりお勧めできませんね。

2012年2月の言葉

25日、朝日カルチャーセンター立川で、ほぼ2年ぶりに『チェロと癒しと自然治癒力』というテーマで講演しました。人間の中に元々存在している自然治癒力が、チェロの音の響きで高められたことによって、ガンが次第に癒されていったことを中心に話しました。
そしてチェロの演奏を途中にはさみながら、癒しの始まった瞬間や癒しの極意について語りました。立川は、新宿とはまた違った雰囲気があり、面白い講座でした。


2012年2月の言葉

毎月1回の朝日カルチャーセンター・新宿の『意識の超越理論』と、NHK文化センター・青山での『自然治癒力と意識』でも、ともに講座を務めました。


2月は、様々なことが、何とも早く動いたように感じた月でした。

(署名)愛 心