2012年6月 寺山心一翁 月の言葉 | 寺山心一翁のガン治しの方法は、ガンに愛を送ること、意識を高めること。

寺山心一翁 月の言葉

寺山心一翁 月の言葉

2012年6月の言葉

2012年6月の言葉

アンドルー・ワイル博士が提唱するIntegrative Medicineの教え子である9名の医師たちが書いた『統合医療とは何か?がわかる本』が出版されました。いよいよ、古今東西の智慧をまとめ上げた根本的な医療革命が、日本でも火ぶたを切りました。

ワイル博士の名声は、いまや世界に轟き、タイム誌の表紙にも2回取り上げられて、「もっとも影響力を持つ25人の米国人」の一人に選ばれています。

こんにちまでに、アメリカのワイル博士のもとでは、10人の日本人の医師たちがIntegrative Medicineの教育を受けおり、このたび、9名の医師達が、その内容と成果を本にまとめました。編者の一人で、まとめ役でもある服部かおる先生が、私にこの本を送ってくれました。
服部先生は現在神戸で開業されていますが、この本に中に、自分が統合医療の道に入っていったいきさつを書いておりました。

1991年、私が信州安曇野でIntegrative Medicineについてのワイル博士のワークショップを「医師向けのホリスティック医学ワークショップ」と題して主催したとき、服部先生も参加して、ワイル博士と私に出会いました。
服部先生は、このワークショップに参加したことがきっかけとなり、当時、まだ日本ではあまり知られていなかったワイル博士の提唱されるIntegrative Medicine医学に深く傾倒されていったのです。この縁から、アメリカホリスティック医学学会にも参加され,その後、ワイル博士のもとで学ぶことになりました。

その時私は、日本ホリスティック医学協会の常任理事をしておりましたが、1989年にアメリカホリスティック医学学会(AHMA)でワイル博士に初めてお会いして以来、AHMAに参加した後は、必ずワイル博士の自宅を訪問して、親交を深めていました。
私はその頃から、ワイル博士の提唱するIntegrative Medicine という古今の智慧を取り入れた医療が、世界の医療を変えていくという感じを持っていました。

このワークショップのコメンテーターは、現在、日本ホリスティック医学協会会長の帯津良一先生でした。この日本でのワークショップが、ワイル博士がアリゾナ大学にIntegrative Medicineの講座を開設するためのモデルの一つになった、と本の中に書かれています。

やがて、Integrative Medicineは日本では、統合医療と命名されました。また、アリゾナ大学でも、いまや、Integrative Medicineは、目玉の学部になっていて、世界各地から、Integrative Medicineの重要性に気付いた医師たちが集まり、学んでいます。

この本には、教え子である9人の医師たちが、ワイル博士の統合医療の教科書を分担して訳し、その内容を記述しています。
またそれぞれに、現在ご自分が担当されている分野の医療の将来について、心意気を述べておられるところが、大変、私の心を打ちました。
皆さんにも、是非読んでいただきたい1冊です。

5日、朝日カルチャーセンターでの「意識の超越理論」は、「魂の意識〜感動が感激へと導く入口だ」がテーマでした。自分でも、今までにないフレッシュな感覚と内容で、講義が展開していくのを感じました。終了したときに皆さんから盛大な拍手をいただき、嬉しく思いました。

2012年6月の言葉

8日から10日までは軽井沢にいました。私の喜寿の祝いを、家内と次男夫妻と子供たち3人が祝ってくれたのです。宿の部屋の前には、池にカモが泳ぎ、水辺に魚を狙う鷺の様子を部屋のテラスから眺めることができ、木造の天井が高い2階の部屋で、のんびりとしてチェロを練習できる幸せを味わいました。
もしも28年前に死んでいたら、こんなことはなかっただろうと思って、皆が祝ってくれた、この軽井沢での3日間のプレゼントをしみじみ味わいながら過ごしました。


19日、NHK文化センター青山での「自然治癒力と意識」の講義には、また新たな受講生の皆さんが加わってくれました。受講生の方々も増えて、ますます講義は熱がこもりました。熱心に聞いてくださっている皆さんを思いながら、自然治癒力の大切さについて、色々と例を挙げながら、話をしていくうちに、なにか、私に誰かが乗り移ったのではないか、と思うような気持ちさえ感じて、話し続けてしまいました。

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この日の夕方、東京近辺を久しぶりに台風が直撃しました。
事務所のある阿佐ヶ谷駅前のメタセコイヤの大木1本が、夜中の強風で倒されました。
夜10時頃にこの場所を通った時には、強風のために傘もさせない状態でした。
翌朝、この場所を通りかかったら、真夜中頃に倒れたとのことでした。
最近駅前に建てられたビルの間を、強い風が通り抜けたことが原因なのでしょうか。もしも2つのビルが新築されなかったら、このようなことは起こらなかったのでしょうか。
事実関係の確証は何もつかめないものの、自然災害を増長させる人工災害が、あちこちで起こっているという、一つの例かもしれないと思いました。


27日、私の母校である私立日本学園の評議員に再任されました。すでに9年間評議員を務め、さらに、今後の任期は3年間です。私はさらに良い学校にし、順調な経営にしていくために、微力ながら協力し、頑張っていこうと思いました。

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28日から7月1日までの3日間、女神山ライフセンターで、スマイルワークショップを行いました。今回のテーマは「心から精神の意識へ〜心を開放して、あるがままの自分と自分の進むべき道を見つけるレッスン」でした。


2012年6月の言葉

参加者の中には、6月のフィンドホーンツアーに参加されて、エレード島まで行かれ、帰国されたばかりで参加された方たちもおり、また全参加者の内2人を除いては、リピーターさんたちの参加者でした。


まず、緑に萌える女神山の野原で、地に足をつけるワークを始めた時に、久しぶりに皆さんが健脚ぞろいであることがわかりました。
すでに、翌朝は女神山に登ると予想をされていた人たちもいたようです。前夜のワークショップを終えるとき、翌朝は3時半に宿舎を出発して、女神山に登ることをお伝えしたら、中には、興奮のあまり夜も寝つけなかった人もいたと、後で聞きました。
この時期の日の出は、1年のうちで一番早い時間です。夏至のすぐ後で、長野市は日の出が4時31分とのこと。日の出の1時間前の午前3時30分に宿舎を出発、まだ朝露が草には出ていない乾いた草の中を、久しぶりに女神山に登りました。
最初の興奮は、女神山神社の鳥居の前での全員参拝。その次は、日の出の前40分ぐらい頃に樹木が新しい酸素を出して、小鳥たちが一斉に啼き出す時間を参加者の皆さんが感じて、その瞬間に出くわす感動。そして次は、女神山の頂上に全員が登頂できたときです。あいにく頂上では日の出は見えなかったのですが、皆なでの記念撮影の時には、太陽が見え始め、喜びがひとしお増す瞬間となりました。

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さてその後は、頂上からの下山でした。道のない斜面を、各々が自分で決めた、道なき道を降りてくるというワークでした。これは、人には頼らない、自分にすべての信頼を置いて、自分で決断をすることを学ぶというレッスンです。まさに、ターザンごっこといってもよいでしょう。


草花は、きれいな酸素を出したときに、地中からの水分も一緒に出して、草の先端に水滴がキラキラ輝きます。その中を、足元を濡らしながら無事に下山ができた、皆さんの顔には、登頂と無事下山の達成感に満ちていました。
時計を見るとは、朝6時前でした。その後、風呂に入って、もう一度布団にもぐりこみ、朝食の時間までのひととき、寝不足を解消しました。

さてテーマは心から精神の意識へで、難しそうなテーマでしたが、内容以上に皆さんが深くわかってくれました。感動、感激、感謝のレポートに、皆さんの意識の高まっていった成果が、如実に表れていました。
次回は、8月3日から5日で、テーマは「精神から魂の意識へ」で、自分の存在をただひたすら愛し、認め、許すレッスンです。いま、周到に計画を練っています。

女神山でのワークショップについて、私の感覚としては、命を込めて、1回ごとに熱を入れます。1回ごとが、私にとっての勝負です。
いつワークショップを終了しても、悔いの無いようにしたいと念じながら、神に祈るような気持ちでいます。

(署名)愛 心